この記事では、医師の働き方改革に適応出来なかった場合の罰則について解説します。
「医師の働き方改革」で守るべき時間外労働の上限
まず、時間外労働の上限を再確認しましょう。
労働時間の限度は1日8時間および1週40時間とされており、この原則を超えて労働者に時間外労働をさせるためには、医療機関が「36協定」を締結することが必要です。
36協定が締結された医療機関で働く医師の場合、下記に記された時間を上限とし時間外労働が許されます。
・A水準:
月80時間まで、年960時間までの時間外労働が可能
・B、C水準:
月155時間まで、年1860時間までの時間外労働が可能
罰則が適応される条件
これらの条件を満たさずに労働者を使役した医療機関には罰則が与えられます。
罰則は主に以下の二つのケースにおいて発生します。
・36協定を締結せずに時間外労働をさせた場合:
労働基準法第32条(労働時間)違反
・医師個々人において適応されたA、B、C水準を超える時間外労働をさせた場合:
労働基準法第36条(時間外及び休日の労働)、または第141条違反
罰則は6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金
36協定を締結せずに時間外労働をさせた場合には第119条によって、A、B、C水準を超える時間外労働をさせた場合には第141条によって、医療機関は罰せられることになります。
いずれに場合にも罰則は6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金とされています。
30万円以下の罰金が科される程度であれば医療機関にとってみれば大きな損失とは言えないでしょう。
しかし過酷な時間外労働を課した場合には、従業員やその家族から損害賠償を求める民事訴訟を起こされる可能性がありますし、悪質であると判断された場合には刑事告訴される可能性もあります。
法令違反を犯した医療機関として公表されてしまえば、社会や地域住民、従業員からの信頼は一気に失墜し経営を揺るがす事態に発展しえません。
時間外労働の条件を遵守できなかった医療機関が背負う代償は極めて大きいと言えるでしょう。
罰則を受けるまでの3ステップ
時間外労働の条件を遵守できなかった場合、即座に罰則が発生するわけではありません。罰則を受けるまでは下記の3ステップを踏むとされています。
- 労働基準監督署による調査
- 違反が認められた場合は是正勧告・改善指導
- 是正勧告を無視した場合は司法処分
①労働基準監督署による調査
労働基準法違反の取り締まりは、労働基準監督官が行っています。
調査は定期監督、災害時監督、申告監督、再監督の4種類に分類されます。
就業規則や、勤怠状況がわかるタイムカード、賃金台帳の提出、責任者や労働者への勤務実態の聞き取りなどが調査対象になるとされています。
②違反が認められた場合は是正勧告・改善指導
労働基準監督署による調査で、法令違反や改善点が見つかると、書面で指示・指導を受けます。書面を受けた場合は、その後是正した内容をまとめて「是正(改善)報告書」を提出しなければなりません。
③是正勧告を無視した場合は司法処分
是正勧告を受けた後も是正しない、是正報告書の提出をしない場合には書類送検等の司法処分が行われます。その後、起訴、裁判を経て刑が言い渡されます。
書類送検以降の段階で医療機関名が公表され、甚大な損害を被ることになるでしょう。
労働監督署の指導を受けた実例
医師の働き方改革における時間外労働の上限が設定されるのは2024年4月1日からですので、これに関わる労働監督署の指導を受けた医療機関は未だ存在しません。
医師以外の一般的な業種においては働き方改革が2019年から開始されているため、他業種に労働基準監督署の指導が行われた実例は厚生労働省「監督指導事例」に例示されています。
その内訳は時間外労働の上限を超えて違法な時間外労働を行わせていた事例がほとんどです。
他にも36協定を締結していなかった、衛生管理者や産業医の選任を怠っていた、定期健康診断を行っていなかった、時間外労働時間を改ざんしていた、支払うべき割増賃金を支払っていなかった、など指導の内容は多岐にわたります。
時間外労働の上限を遵守するための取り組み
時間外労働の上限を遵守してもらうために、労働者が医療機関側に求めることは何でしょう。まず36協定が締結されていることが大前提となります。
その上で労働時間の管理徹底が必要となります。
従業員を何時間労働させたのか曖昧になっている状況ではそもそも時間外労働を適正に管理できません。どこまでが労働時間でどこからが自己研鑽なのか、その境目の定義を明文化してもらう必要があります。
また出退勤管理システムを適正に運用し、改ざんの余地がないようにしなければなりません。
時間外労働の上限に抵触しそうな場合に、管理者から残業申請に制限がかけられた事例も耳にしますが、これは本末転倒です。
時間外労働の上限を超えてしまった超過労働分を泣く泣くサービス残業として処理するのではなく、管理者と面談を行うことでそもそも長時間労働が発生しないような働き方を共に模索する必要があります。
まとめ
- 36協定を締結せずに時間外労働をさせた場合または、医師個々人において適応されたA、B、C水準を超える時間外労働をさせた場合に罰則が与えられる
- 罰則は6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される
- 罰金のほか、従業員やその家族から民事訴訟や刑事告訴を起こされる可能性もゼロではない
- 時間外労働の上限を遵守するためには、36協定が締結されていることが大前提で、労働時間を管理徹底することが必要